オマチマン中国道中記 その壱へ


オマチマン中国道中記
その弐


2004年1月9日〜1月15日

 

           

 
    
          



2004年 1月9日(金) 中国広西チワン族自治区桂林市
 名城大酒店

今日から後半、なんだかあっという間だったなぁ。
人には経験できないことをいっぱいさせてもらって、ありがたいことです。
ホテルからタクシーで武漢空港へ。この空港は去年の中国公演でここから香港へ飛び立ったところ。
ちょっと思い出したね。あの時は重たいコートを間違えて買っちゃって、大変だったっけ。
無事に飛び立ち、中継地の深セン空港へ。暑い、地図でいうと台湾と香港の間くらいかな。
Tシャツ姿の人もいたりして、僕たちの防寒姿が浮いていました。

桂林空港に着くと、こちらでお世話になるウーさんと幼教隊員の奈々子がお出迎え。
早速幼稚園に向かうと入口には熱烈歓迎の看板、うれしいねぇ。
那加にはいって奈々子の授業見学。奈々子はモンテッソーリを教えているという。
教材も全部自分で考えてやっているという。大変だね、理解を得るのにも時間がかかるだろうなぁ。
それに教室が屋上のような半分外の教室、冬は寒いし夏は暑いだろうなぁ。

コンサートやセミナーの会場は近くの大学の教室。授業を見終わってから明日からの準備に出掛けた。
大きなスピーカーとアンプ、PA卓とあって、おっこれは完璧だと思ったら、それは壊れて使えないんだって。
で、使うのは家庭用のコンポのスピーカーにラジカセくらいのワイヤレスの機械。うーん、これが中国かぁ。
くじけないでその中で最前の努力をして、なんとか音が出るまでにはなった。なんとかしなくっちゃね。
その後は、桂林の科技のお偉いさんと食事。時間に遅れちゃったので、機嫌が良くなってくれるよう頑張りました。
たまたまギターを持っていたので日本の歌を2曲歌っちゃいました。すごく喜んでくれました。
桂林は緑や山も多いし、ゴミもあまり落ちてなくて、なんだか日本に近い感じで綺麗な所でした。

 
 
 



2004年 1月10日(土) 中国広西チワン族自治区桂林市
 七星幼稚園

今日の朝食はホテルの隣のレストランで食事。お腹に優しいものばかりでほっとしました。
食事後会場に着くと、もう中国人教師が待っていた。どんどん集まってきて、始めたときには150人近かったかな。
途中に日本人幼教隊員の手遊びを入れたりしながらの2時間あまり。一生懸命やりました。頑張りました。
体操では滑って転ぶという技も披露しましたが(あぶなかった)、なんとかわかってもらえたようです。
だって先生たちの顔がどんどん変わってくるんだもんね。おっこれはなかなか良いぞって感じにね。

終わってからは昼食。これは豪華だったねぇ、お昼からこんなに食べて良いのかねぇ。
コッテリしている感じなんだけど、以外とあっさりしている、食べやすいし美味しかった。
園長先生もうれしそうだし、良かった良かった。

お昼寝の後は子どもたちとコンサート。今日は土曜日なので、子どもたちを選抜して参加させているんだそうだ。
子どもたちは30人くらい、後ろで見ている大人は親も含めて200人くらい。これじゃあ萎縮して出来ないよね。
手遊びとかしていくうちにだんだん顔が笑ってくる。体操になったらくっついて離れなくなった。
よしよし、うまくいったぞ、大成功。帰りにはみんな笑顔でオマチマンバイバイと言っている。よかったね。
終了後にはテレビや新聞の取材もあったりして、なんだか桂林ではオオゴトになってるみたいだね。
いつ放映されるのか、いつ記事になるのか、気になるなぁ。
夜の食事は日本人だけでした。乾杯で酒を勧められることもなく、とってもお気楽。
幼教隊員の高津の誕生日も重なって、楽しい食事となりました。
帰り道にDVD屋さんに寄って、DVDやCDをたくさん買ったんだけど、7枚で1500円くらい。安いよ。
でも、ちゃんと著作権をクリアしたものを買ったから安心してね。

 
 
 
 
 
 



2004年 1月11日(日) 中国広西チワン族自治区桂林市 七星幼稚園


実は昨日の夜からお腹の調子が悪い。ちょっとお腹が重たい感じ。胃が痛くて荒れている感じ。
もう毎日毎日、接待というか、美味しいものばかりいただいているので胃腸もびっくりしてるのでしょう。
そんな気分の朝食はお粥だけいただきました。しかし朝からたくさん出るんだよね。
そんな体調のなか午前中は先生たちへのセミナー、人数は昨日より多いという。
やり始めると、やっぱりプロ根性が出てくるから不思議だね。さっきまでの気分はどこかに飛んじゃって絶好調。
飛ばしに飛ばして大満足の中終了。先生たちも笑顔でいっぱい。良かったね。
でも昼食をとるときに逆戻り。また胃が重たくなってきた。お昼もやっぱりお粥中心。
でも中国の料理は辛いものも多いけど、お粥とか胃に優しい食べ物も多いので助かりました。

お昼寝をして休んだ後、桂林最後のステージ。子どもたち相手で今日は昨日の倍くらいの60人くらい。
やっぱりこれくらいいるとやりやすいね。それに年中くらいかな、ちっちゃくてとても素直だったもの。
頭っから全開、大爆笑。なんで日本語でやってるのに笑うのかねぇ、でも楽しさが通じているんだろうなぁ。
後ろにはさっきの先生たちと親でいっぱい。体操の時は踊る様子を見られるよう位置を変えたりして工夫しました。
やっぱり子どもは世界共通だね。笑顔がいっぱいになりました。
終わってからは七星幼稚園の先生方と懇談会と質問コーナー。みんな真面目だね、一生懸命質問してきた。
帰り際、若い先生に「あなたのこと好きです」と日本語で正面から言われて、ちょっとテレたぜ。
ホテルでまた新聞記者の取材を受けて、やっと今日の一日はお終い。お腹はまだちょっと調子が悪い。

夕食は日本人だけで食べる。中国人の接待とはちがってシンプルなこと。
調整員の西川さんが持ってきたお茶づけ海苔をお粥の上にかけて食べた。美味しかったよ。
お酒も飲まなかったし、静かにしていたから、明日は元気になるでしょう。
いよいよ最後の公演地、重慶に向かいます。

 
 
 
 
 
 



2004年 1月12日(月) 中国重慶市
 実験幼稚園

桂林で最後の朝食。場所はいつもの隣のレストラン。
3日目ともなるとさすがに慣れてどんどん先頭で入っていくと靴に何かぶつかった。
うん、と見るとそこには大きなネズミの姿が。ビックリ仰天雨あられ。うーんこれ書いて良かったかなぁ。
でもしょうがないとあきらめてるけど、やっぱり衛生上は良くないよね。なんとかしろー!

局長さんや園長先生の見送りを受けて桂林から重慶へ、約1時間、近いねぇ。
空港で幼稚園の先生に出迎えを受けてからすぐにホテルに出発。重慶は山やトンネルが多いね。
そして建物は高層住宅が多いので、香港みたいな印象を受けた。
ホテルに着いてからすぐに実験幼稚園へ。昼食は幼稚園の厨房で作られた麺をいただく。
自分で辛さなどを調節できるので、お腹の弱っている僕にはたいへんありがたかったし美味しかったです。
中国ではお正月が近いので幼稚園などはお正月休みに入っている園が多い。
そんな関係からか今日のセミナーの参加者は40名くらいかな。
はじめに幼教隊員が作った日本の保育園の紹介ビデオがながれる。みんなメモを取ったりして非常に熱心。
その後はオマチマンセミナー。なんだか事前にうまく紹介されていなかったのか、みんなノリが悪い。
まっしょうがないよね、の気持ちで頑張ってやっていくと先生たちがどんどん乱れてくるる。
後半はみんな目がキラキラしてきた。こんな所は子どもたちといっしょだね。
最後は園長先生や副園長先生にも踊ってもらうなど、楽しいセミナーができました。

夕食は日本人だけで、全員揃っての夕食は今日で最後なので、明日一日はあるけど打ち上げ。
四川地方で有名な火鍋料理。辛い、でも美味しい。このくり返しで十分火鍋料理を楽しみました。
本場の、そして本物の火鍋料理、辛いもの好きにはお勧めですよ。
スーパーで夜食やビールなどを買い物してからホテルの僕の部屋でオマチマンコンサート。
悲しくなっちゃった隊員や、辛くなっちゃった隊員たちに心を込めて歌いました。
みんなお疲れさま、ご苦労様、いろいろありがとう。
この何日か一緒にすごしたことが、がこれからの元気に少しでもなったのならうれしいです。
歌が続くと調整員の西川さんも飛び入り参加。ギターを弾いての弾き語りにみなまた涙。
こうして打ち上げの夜は涙でビショビショになって過ぎていきました。

 
 
 
 
 



2004年 1月13日(火) 中国重慶市
 実験幼稚園

重慶での宿泊は1泊だけなので、朝から荷物の片づけに忙しい。
朝食は幼稚園の前にある食べる所。食べる所って何よ、って聞きたいでしょ。だって食べる所なの。
中国に来てわかったことの一つに朝食の注文がある。豆乳と饅頭か揚げパン、これだけで十分。美味しいよ。

園に入ると子どもたちがもう来ていた。子どもの声を聞くとやっぱり落ち着く。うるさいけど落ち着く。変だね。
準備もそこそこに子どもたちの所に遊びに行くと、体操をするという。じゃ一緒にやろうということで園庭へ。
良い体操だったなぁ。太極拳のような、でも現代的なような、日本に紹介したいくらいでした。
子どもたちと一緒にやったので、もう人気者になりました。これでコンサートは成功間違いなし。
前半は幼教隊員たちの発表。子どもたちの中に入ってお手伝い。
トンボになったり小鳥になったりウルトラマンになったり、楽しかったねぇ。
後半は僕のコンサート。もう関係が出来ているのでやりやすい。すぐに乗ってきたよ。良いコンサートでした。
これで今回最後の中国公演。精一杯やりました。満足しています。

お昼は園長先生たちからご馳走をお呼ばれしました。重慶は四川料理なのでとても辛い料理ばかりです。
僕の胃はもうくたくたなので少しは辛くないものも入れてくれましたが、それでもまだ辛い。
恐るべし重慶。辛い物好きはぜひ一生に一度は訪れるべし。半端じゃないよ。

昼食が終わったら、開封の明神が帰るという。あぁ、旅ももう終わりだなぁ。
明神、ありがとう。今回の旅は君の「やりたい!」との一言から始まったんだよね。ほんとにお疲れさま。
ホテルでお昼寝の後、午後は中国の先生の保育を見学。保育というより子どもたちの自由遊び。
中国では自由遊びの形はほとんどないんだって、とってもすごいんだと園長先生から強調されました。
まっ、僕にはあんまり興味がなかったので子どもたちに引っ張られるまま、遊んでいたけどね。
子どもたちとは全く言葉が通じない。でも子どもたちがわんさか寄ってきて遊びを仕掛けてくる。
そう、こんなんで良いんだよね。頭で考える必要なんて全然ないよね。子どもたちの笑顔が最高でした。

5時過ぎに、重慶のミンミン、黄岡の高津、桂林の奈々子にさよならをして空港に向かいました。
みんなありがとう、良い旅だったね。頑張るんだぞ。困ったらいつでも助けてあげるぞ。
でも、それは中国から帰ってこい、っていうことじゃなくて、中国で頑張ってこいということだぞ。
応援してるぞ、いつも見ていてあげるぞ。泣くんじゃない、笑顔をみせるんだ。
重慶から飛行機で北京まで2時間30分、なんだかしんみりしたフライトになりました。
北京の夜景がとっても綺麗、あと2日で日本だ、早いなぁ。
今日はビールを飲んで打ち上げをしよう。ビールが美味いぞ。

 
 
 
 
 



2004年 1月14日(水) 中国北京市
 華都飯店

今日は一日北京でのんびり。
着いた日の初日にスーツを作ったので取りに行ったが、まだ微調整が残ってしまった。まぁしょうがないね。
その後は昔の中国の様子を再現した、新東安市場に行ってブラブラ。
そして天安門広場の前門大街通りで買い物をした。これがかなりなディープな通りで、写真なんて怖くて撮れない。
そんな感じでブラブラしていたら、JICAとの打ち合わせ時間が迫ってきてしまった。
あわててタクシーを拾ってJICAに向かうと、天安門の前で公安がタクシーをチェック。
いくら待っても動き出さないので、他のタクシーに乗り換えて向かったけど、今度は渋滞に引っかかってしまった。
結局30分遅れで到着。最後にまた失敗をしてしまいました。お詫びをして報告会のスタート。
今回の旅はJICAのバックアッププログラムの一環で実現しているためきちんと報告をしなければいけないのだ。
4ヶ所の幼稚園のこと、幼教隊員のこと、今回のコンサートやセミナーのこと、今後のことなど話してきました。
中国でのバックアッププログラムは今回で終わるけど、来年度は他の国で使えたらいいね、など話しました。
なんだかモンゴルとかベトナムとかから声がかかってきそうな感じです。
夜はJICAのスタッフとモンゴル料理店で打ち上げをしました。
そこは本物ゲルがあり、全員その中で食事をして一杯飲むという訳です。
馬風琴が出てきたり、歌唱隊が出てきたりで、そこはすっかりモンゴル気分。
スタッフの中に元モンゴルの協力隊員がいたので、いろいろなしきたりや乾杯のやり方を教えてもらう。
最後はスタッフの胡弓まで飛びだしたので、僕はいただいたケロちゃんの人形劇と歌のお返しをしました。
みんなで大合唱、中国のモンゴル料理屋で日本のカラオケ店のような不思議な宴会となりました。
みなさん、ありがとう。お世話になりました。
 
 
 
 



2004年 1月15日(水) 中国北京市
 → 成田空港

朝早起きをして仕立てたスーツをとりに行きました。かっこいいでしょ。
その後は日本の東急ハンズのようなIKEYAという所に寄って面白い指人形を買ったりしました。
お昼はこの麺に水餃子もつけてお腹も一杯、食べ過ぎです。
今回の旅でお世話になりました西川さんとホテルで待ち合わせをして北京空港まで送ってもらい飛行機へ。
さようなら中国。ありがとう楽しかったよ。

JICAの皆さま、西川さん、開封の明神、黄岡の高津、桂林の奈々子、重慶のミンミン、通訳をしてくれた恭子。
お疲れさまでした。良い旅ができたね、楽しかったね。また、いつかどこかの街でまた会おうね。
ほんとうにありがとうございました。