オマチマン中国道中記 その弐へ


オマチマン中国道中記
その壱


2004年1月2日〜1月8日

     



2004年 1月2日(土) 中国北京市 華都飯店

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
と、あいさつもそこそこに、1月1日から一人寂しく成田のホテルで過ごしておりました。
いよいよ中国に出発です。お正月で飛行機の人数が少ないとかで、なんと !! ビジネスクラスでの搭乗となりました。
だから朝は特別ラウンジでゆっくりできたというわけです。
同行は恭子、前回の中国公演でお世話になりました。今回は通訳という形で一緒に参加してくれました。
飛行機が飛び立つと、すぐに見えてきました富士山が。
もう超綺麗、お正月 !  よっ日本一 ! と言いたくなっちゃうような見事な富士山を見ることができました。
食事はお正月特別バージョンだし、もう言うことないね。朝っからの焼酎も美味しかったです。

さあ、北京空港に着くと中国でお世話になる西川さんがお出迎え。なんだか彼女とは気が合いそうです。
ホテルに荷物を預けて、さっそく市内観光へ、もう中国と言ったらここっきゃないでしょう。
天安門へ地下鉄で行って来ました。地下鉄もすごいよー、何てったって新聞売ってるし、観光地図は売ってるし
それに物乞いまで乗ってるんだよ、おまえどうやって地下鉄に乗れたんだよ、と思わず思っちゃいました。
天安門はね、でかい、ものすごくでかくて広い、すごいねぇ。
もういろいろ記念写真を撮ってすっかり観光気分。
見つけました、いわゆるコスプレね。清王朝の皇帝の服を着て写真をとるやつ。
もうこの手は強いんだよね、すぐにチャレンジ。日本人代表として頑張ってきました。
食事前に北京のにぎやかストリートの王府井をブラブラして、中国服風のスーツを作りに行きました。
前から作りたいと思っていたんだけど、今回念願かなって思い切っちゃいました。
でもオーダーメードでワイシャツ付きなんだけど、とっても安いの、出来上がりは最終日をお楽しみにね。

夜は西川さん恭子といっしょに美味しい夕食。いきなり北京ダックだぜ。美味しかったでした。
ホテルへの帰り道はクリスマスの飾り付けも綺麗で(旧正月まではこの飾り付けなんだってさ)まだ師走の感じ。
あっという間の中国1日目でした。

 
     
 
    



2004年 1月3日(日) 中国北京市 → 河南省開封市 開封賓館

今日は北京から開封までの移動日。
ホテルや飛行機の中まで、まだまだサンタクロース気分のなか、鄭洲空港に着きました。
お出迎えしてくれたのは、今回のツアーで真っ先に手を挙げて、JICAとの交渉も一番頑張ってくれた明神。
幼稚園の仲間の先生とお出迎えしてくれました。車で移動しましたが、いい道はすぐに終わってしまい
あとは穴ぼこだらけのガタガタ道をユラユラ揺られて開封に向かいました。
着いてからは時間があったので街をブラブラ、市場が多くて雑多の感じがすごく好き。

夕食は河南省の偉い人から開封市の偉い人達まで集まり、ちょっとものものしい。
それと幼教隊員の湖北省黄岡市の高津と重慶市のミンミンが合流。楽しい食事となりました。
小龍包の発祥の地とかで、自信作をさかんに薦められました。美味しかったです。
その後も明日の打ち合わせをエンエンとする、真面目な隊員たちとオマチマンでした。

 
 
 



2004年 1月4日(日) 中国河南省開封市 開封市群英幼稚園

さて、いよいよ本番。今日は朝早くからセッティングとリハーサル。集合時間を決めたんだけど初日から大失敗。
日本時間のまま携帯の目覚ましをかけたものだから、時間調節に失敗、大遅刻となりました、すんません。
午前8時からのスタートです。まずは開幕式、河南省のお偉方や、開封市の副市長まで来ています。
昨年と同じように幼稚園の名誉教授の賞状をいただいたり、記念撮影も真ん中に収まるなど、大歓迎を受けました。
午前中は先生方へのセミナー。今回は通訳を恭子がしてくれるので前より少し楽ですが、相手はやっぱり中国人。
顔は笑ってるけど心はドキドキなの。何とか初日の初回をクリアできたと思うよ。みんな笑顔だったもの。

お昼はホテルの隣に日本の上島珈琲が入っていて、そこでかなり日本的なランチをいただきました。
午後は幼教隊員たちの活動報告をお手伝いして、その後にオマチマンの子どもたちむけのコンサート。
5才児が50人くらいかな。明神のクラスの子なので日本語が少しわかっている。うれしいねぇ。
子どもたちが厚着をしているので、後半の体操からちょっとバテ気味になったので、なんとなく終了。
ちょっと盛り上がらなかったかな。でも、子どもたちを見送ったときの笑顔は世界共通だったよ。OK、OK。
その後は質問などを受け付ける意見交換会。これが鋭い質問がきたりして、みんなすごく真面目な方々なの。
変な発言をすると日本全体の意見と思われるので、慎重に発言。国を背負って戦うオリンピック選手の気分でした。

終わってからは日本人だけで食事、これだけ食べて飲んで、日本円で一人1000円しないの。安いねぇ。
その後はみんなで開封の夜の市場を散歩してホテルに帰りました。初日が無事に終えてホッとしています。

 
 
 
 
 
 



2004年 1月5日(月) 中国河南省開封市 開封市群英幼稚園


昨日の会場はホテルの宴会場みたいな所だったんだけど、今日は幼教隊員の勤めている幼稚園。
いきなり歓迎の横断幕が飛び込んできた。ありがたいねぇ、感謝。建物のロビーに壁画を発見、うーん。
まずは隊員の授業で子どもたちに混じって遊んできました。
僕のコンサートは年長さん2クラスが参加、バッチリうまくいきました。
子どもたちの目がキラキラして、大笑いして、日本の子どもたちと全然変わらないコンサートでした。
昼食は子どもたちと一緒に食べるのかと思ったら、子どもたちはすでにお昼寝に入っていた。
我々日本人だけで教室を借りて子どもたちと同じ給食を食べました。まっ、これも経験だね。
午後からは中国人教師の授業を体験させてもらいました。これも子どもたちに混じっておバカの連続。
中国の先生たちも一生懸命で、役立ちそうな遊びをいっぱい教えてくれました。

夜の移動まで時間があったので、市内観光に。有名な開封市の鉄塔を見に行きました。
鉄塔といってものように見えるけど実はレンガで出来ています。かなり高いよ、20階建てくらいかなぁ。
で、その塔は上れるというので、もうギャグのためにはやるっきゃないでしょう。登ってきました。
人が一人やっと通れる幅の階段を、真っ暗闇の中黙々と上っていく。その数165段。
最上階は広くなっているかと思ったら、行き止まりになっていてお終い。
小さな窓からの見晴らしは最高でしたが、何だかねぇ。バテバテになって降りてきたのでした。
この後は開封駅に行って夜行寝台列車にのります。中国は2回目だけど寝台車も2回目。すごいでしょ。

 
 
 
 
     
    



2004年 1月6日(火) 中国河南省開封市 → 湖北省黄岡市 代代紅幼稚園


鉄塔を登ってから夕食をとって、寝台夜行列車に乗りました。待合室は豪華でいわゆるファーストクラス用。
あんまり快適だったんで、このホームページの編集をたくさんしてしまいました。
列車の中にはいると、通路にはぶどうと梨がなっている(おもちゃだよ)素敵な空間が。
寝台は4人1部屋、僕は下の段、なんだかオマチマン一座のドサ周りとなってきたようだ。
この旅には、開封、黄岡、桂林(後から参加)、重慶の幼教隊員4人とJICAの調整員の1人
そして通訳を兼ねた前任隊員の恭子と僕オマチマンの計7人が大移動するのだ。
寝台車は前回の中国公演でも乗ったので少しは慣れてきたけど、やっぱりぐっすりは眠れないね。

武昌に着いたらお出迎えが、いやぁありがたい。前回はここからバス移動でバスの中で博打が始まったんだっけ。
朝食は朝から牛肉入りの麺を頼んだけど、辛くて大失敗してしまいました。
黄岡に到着すると、すぐに昼食。前回で仲良しになった園長先生やお馴染みの顔の中国の人と再会を喜びました。
セミナーは夜のため、幼教隊員の家でリハーサル。
途中停電になったり、JICAの別の隊員が飛び入りしたりとバタバタとすごして、いざセミナーの始まりです。
ここの先生たちには昨年の時もセミナーをしているので、途中に幼教隊員の手遊びもいれたりして
前回とは雰囲気を変えてやりましたが、みんな僕のことを覚えていてくれているので、とてもやりやすかったです。
終了後に食べた食事はなんだか無国籍料理みたいで、変なナシゴレンが出てきたりして楽しかったです。
こうして、黄岡の1日目はすぎていくのでありました。明日もお楽しみに。
    
 
 
 
 



2004年 1月7日(水) 中国湖北省黄岡市 代代紅幼稚園


今日の朝食は、前回の公演で大の仲良しになったマオマオのおごりでした。ごちそうさまでした。
午前中は幼教隊員の発表。僕は子どもたちの中に入ってトンボになったり小鳥になったり星になったりと大忙し。
この前の開封でもそうでしたが、日本人教師の頑張っている姿をみると涙が出てくるよ。
言葉が通じないところで、たった一人で戦っているんだなぁ、って感じだよ。ほんと戦っている。
終了後にテレビ局のインタビューを受けました。今回のこのバックアッププログラムが今後につながるといいね。
お昼は幼稚園の園長先生からごちそうになりました。湖北省の偉い人や、お隣の武漢市の偉い人とかといっしょ。
僕の口に合う、とっても美味しいお昼でした。

ホテルで一休みした後、いよいよ僕のステージ。
いやぁ子どもたちがやってきた。でもさぁ、来るわ来るわで270名、これで年長だけなんだって。
それに服をたくさん着ているから、なんだか押しくらまんじゅうをしている感じだね。
こりゃあ動けないなぁと思って内容も少し変えてやってみました。その場の対応が大事だね。
マイクやMDも絶不調で、まいったけど、子どもたちの顔は大満足だったようだ。
明日も同じ人数だと聞いたので、2回にわけてやることにした。疲れるけどそれが子どもたちにとって良いからね。

夕食は羊の肉のシャブシャブをみんなでワイワイと楽しみました。美味しかったよ。
ホテルに帰ると昨日はお湯がでない、今日はエアコンが効かないとトラブル続き。
まぁ、しょうがないと思っているけど、さすがに部屋を交代してもらった。いろいろあるよね。
明日もがんばろっと。

 
 
 
 
 



2004年 1月8日(木) 中国湖北省黄岡市 代代紅幼稚園 → 武漢市 銀牛賓館


今日は黄岡で最後の日。朝食は子どもたちと一緒に教室で食べさせてもらった。これも経験だね。
肉まんと野菜のスープ、シンプルで美味しかったよ。

コンサートは昨日の約束で午前中2回のステージ。人数はそれでも130人くらい。
これで3クラスだっていうから1クラス45人前後だね。うーん多いよね、でも一人っ子政策なんだけどね。
前半は朝食を一緒に食べた幼教隊員の受け持ちクラス。仲良しになった子がいるとホッとするね。
後半では、絵本を読んでいたらその言葉をそのままオウム返しで返してきた。面白い、夢中になっちゃったね。
これだからやめられない、一気に気分も盛り上がって眼鏡は落とすはピンマイクは落とすの大熱演となりました。
終了後は園長先生たちと最後の昼食。昨年と今年、続けてきたので気心が知れて話しも盛り上がる。
また来年も来てくれと何回もいわれた。何とか行けるようこれから考えてみよう。
ありがとう、園長先生や先生たち、そしてマオマオ、また会おうね。

武漢まで車で送ってもらう。それでも2時間かかる。武漢は大都会だね、車の数がすごい。それに人も多い。
道路の渡り方や、信号無視など、日本じゃ考えられない状況の連続。とっても車の前の席には座れないね。
武漢ではJICA前任調整隊員の羽田さんと日本食をいただく。店の名前が居酒屋倶楽部、そのまんまのお店。
わーい、久しぶりだぜ。刺身に天ぷら、すき焼きから石狩鍋まである。焼酎もあって、いやぁ気分がいい。
さらに羽田さんの案内で超レアコースの武漢の夜の市場へ。すごかったよ、ディープでね。
路地に入るといきなり客引き合戦、羽田さんを羽交い締めにして店に連れ込もうとするとなりの店のおやじ。
それを阻止するいきつけのお店のママさん、もう喧嘩、戦場、いまにもつかみ合い殴り合いが始まりそうでした。
なんとか収まって店にはいると、そこは音楽系の流しがたくさんあつまるところで
何曲かやってもらってお金を支払うシステム。1曲10元くらいかな。

まずは胡弓や琵琶を中心にしたグループ、僕は密かに「男子四学坊」と命名したが、これが超凄腕のグループ。
へぇーこんなところでこんな素晴らしい音楽が聴けるとはねぇ、って感じ。いつか皆さんに紹介したいね。
その他にもやって来るやって来る。若者フォークデュオ、アコーディオン姉妹、オペラとサックスの2人組。
この2人、いきなりソーラン節にオーソーレミーヨをサックス1本で歌いきってしまった。もうここはどこの国だぁ。
いろいろありすぎて書ききれません。ついでに書いておくと料理のスープには鳥の頭がまるごと入っていました。
(写真は撮ったけど、見たくないでしょうから載せませんでした。見たい方は個人的にどうぞ。)
こうして、武漢の夜は怪しげにすぎていくのでありました。
今日で中国公演も前半が終了。明日は桂林への移動日となります。